はじめに:ICMとは?
「ICM」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?
ICMとは「インディペンデント・チップ・モデル(Independent Chip Model)」の略称で、トーナメントのスタックを賞金的な価値に換算するための数学的なモデルを指します。
このモデルは、1987年にメイソン・マルマスによってポーカーに初めて適用されました。ICMでは各プレイヤーのスタックサイズをもとに、「そのプレイヤーが最終的に何位で終わるかの確率」を計算し、そこから賞金プールにおける自分の取り分(トーナメントエクイティ)を測ります。
トーナメントにおけるチップの価値は線形でない
キャッシュゲームでは、1チップが常に一定の金銭価値を持ち、スタックが2倍になればその価値も2倍になる、といういわゆる線形的な関係です。しかし、トーナメントでは途中で飛んだり、優勝したりといった順位が大きな意味を持つため、チップの価値は線形ではありません。
- トーナメント例:20枚のチップを持っている人が40枚になっても、その賞金的価値が必ずしも倍になるわけではない。
- バブル期やファイナルテーブル付近では、生存重視で1枚のチップの価値が変化しやすい。
こういった複雑な状況で、ICMを用いると「スタックを増やしたとき、賞金期待値がどれだけ上がるか?」を数値で把握しやすくなります。
ICMの基本的な考え方
ICMは「全プレイヤーが同程度のスキルでプレイしている」と仮定し、それぞれのスタックサイズを確率的に順位に反映させます。
- 1位になる確率:自分のスタック / 場にある総チップ数 で求めることができます。
- 2位以下の確率:さらに、他のプレイヤーとの比較で複雑な計算が必要になります。
各順位に対する確率を、順位ごとの賞金に掛け合わせることで、そのプレイヤーのトーナメントエクイティ(賞金プールから期待できる取り分)を求めます。
シット&ゴーにおける具体例
3人制のシット&ゴーを例に、具体的にICM計算を見てみましょう。
- スタック
- 一郎:500チップ
- 二郎:300チップ
- 三郎:200チップ
- 総チップ数 = 1000
- 賞金
- 1位:70ドル
- 2位:30ドル
(1)1位のエクイティ
最も簡単な部分としては「各自が1位になる確率 = 自分のチップ / 総チップ」というものです。
- 一郎:500/1000 = 50% → 1位エクイティ = 0.50 × 70$ = 35$
- 二郎:300/1000 = 30% → 1位エクイティ = 0.30 × 70$ = 21$
- 三郎:200/1000 = 20% → 1位エクイティ = 0.20 × 70$ = 14$
(2)2位のエクイティ
ここからは少し複雑になります。誰かが1位になった後に残った2人で2位を決める確率を計算する形です。
- 一郎が1位になる場合(50%)
- 二郎の2位率:300 / (300 + 200) = 60% → 2位エクイティ = 0.60 × 30$ = 18$
- 三郎の2位率:200 / (300 + 200) = 40% → 2位エクイティ = 0.40 × 30$ = 12$
- 二郎が1位になる場合(30%)
- 一郎の2位率:500 / (500 + 200) = 71.43% → 21.43$(※30$の71.43%)
- 三郎の2位率:200 / (500 + 200) = 28.57% → 8.57$
- 三郎が1位になる場合(20%)
- 一郎の2位率:500 / (500 + 300) = 62.5% → 18.75$
- 二郎の2位率:300 / (500 + 300) = 37.5% → 11.25$
この結果を各1位の確率に掛け合わせて合計すると、各プレイヤーの2位エクイティが求まります。例として:
- 一郎の2位エクイティ:
(二郎が1位になる30%) × 21.43$ + (三郎が1位になる20%) × 18.75$ = 約10.18$ - 二郎の2位エクイティ:
(一郎が1位になる50%) × 18$ + (三郎が1位になる20%) × 11.25$ = 約11.25$ - 三郎の2位エクイティ:
(一郎が1位になる50%) × 12$ + (二郎が1位になる30%) × 8.57$ = 約8.57$
(3)最終的なICM値
1位エクイティ + 2位エクイティ = トータルエクイティ
プレイヤー | 1位のエクイティ | 2位のエクイティ | トータルエクイティ |
---|---|---|---|
一郎 | $35.00 | $10.18 | $45.18 |
二郎 | $21.00 | $11.25 | $32.25 |
三郎 | $14.00 | $8.57 | $22.57 |
なぜICMが必要なのか?
トーナメントでは、チップを増やしたときの価値と、失ったときの損失が対等とは限りません。生き残りや次のペイジャンプ(賞金アップ)を狙う上で、1枚のチップが状況次第で大きく価値が変わります。そこでICMを用いると、「今どれくらい賞金を期待できているか」を可視化し、プレイに役立てられるのです。
ICMの計算は難しい
上記の3人例でも、2位の計算がやや複雑でした。プレイヤー人数が増えると手計算はほぼ不可能になり、オンラインのICM計算ツールやソフトに頼るのが一般的です。
また、実際のトーナメント中に正確なICMを瞬時に算出するのは難しいため、事前にいろいろなICMスポットを研究しておき、感覚を養うのが大切です。
ICMが示すリスクとプレミアム
- ショートスタックほど不利?
ショートスタックは飛びやすく、飛ぶと賞金を得られないですよね。そのため、ICM上ではチップを増やすときの価値よりも、失うリスクのほうが大きくなります。 - ビッグスタックはアグレッシブに
自分はリスクが小さく、相手にはICMプレッシャーをかけられるため、ビッグスタックが攻めやすい状況になります。 - ミドルスタックの苦悩
ミドルスタックは、バブル手前などで大きなアクションをしにくいです。そのため、バブル付近でよりタイトにプレイする必要があります。
例:一郎がビッグスタック、三郎がショート
ビッグスタックがオールインしてきた場合、ショートスタックは失うチップの価値が非常に大きくなるため、コールレンジがかなりタイトになる、というのがICM上の典型的なシナリオです。
ICMの限界
ICMは優れた理論ですが、いくつかの前提が理想的すぎる面があります。
- 同じスキルレベルという仮定:
実際はプレイヤーによって大きく差があります。上手いプレイヤーは相手を搾取できる可能性が高いでしょう。 - ポジションやブラインド上昇を考慮しない:
Future Game Simulation(FGS)やDependent Chip Model(DCM)など、より進んだモデルではポジションやブラインド変動をある程度取り入れますが、計算がさらに複雑になります。 - ビッグスタックの優位を過小評価:
実際はビッグスタックがICMプレッシャーをより強くかけられるため、理論値よりも高い期待値がある場合があります。
結論:ICMを学ぶとトーナメント戦略が変わる
ICMは、トーナメント特有の「チップ価値が直線的ではない」問題を扱うための重要な指針です。
- オールインやコールをする際、チップEV(単純なチップの期待値)ではなく、トーナメントEVを意識する
- バブル期や賞金ジャンプの大きい場面ほど、ICMの影響が大きくなる
- テーブルでの実践は難しいが、オフラインでの研究やICMツールの活用で感覚を養う
最終的には「トーナメントはチップの増減以上に、自分の賞金期待値がどう変わるか」を考えるゲーム。ICMの理解が深まると、飛びやすい場面を避ける、あるいは相手を追い詰めるといった戦略的アクションをより正確に取れるようになります!